gikuroya
イエズス会が本国に送った報告書の中に
「伊勢神宮に十字架が立つ日が待ち遠しい」という記述がある
それを本で読んだ時、やっぱり秀吉は正しかったんだと思ったよ



427 名無しさん@涙目です。 2011/08/26(金) 20:13:22.07 ID:/i+JIXA80
»415
伊勢神宮ってったら日本神道のトップだからなぁ
恐ろしいこと考えるもんだ



482 名無しさん@涙目です。(チベット自治区) 2011/08/26(金) 20:19:38.48 ID:vARdc4AO0
»427
実際、征服されたアステカでは先住民の神殿が取り壊されて、その上に教会が建てられたからね
伊勢神宮にも本気で十字架を建てるつもりだったんだろうと思う



428 名無しさん@涙目です。 2011/08/26(金) 20:13:32.03 ID:dv2IXAPJ0
»415
少ない情報でカトリック系の危なさに気付きプロテスタントのみと
貿易することにした秀吉家康の能力高すぎワロタ

戦国時代を生き抜いた連中の判断力すげえわ
伊達に天下取ってねえわ

戦前の日本人は、これだけのスケールをもった大構想を描き、着々と実行していたのだ!

 「防共回廊」構想。戦前の日本人は、これだけのスケールをもった大構想を自ら描き、着々と実行していたのだ。構想が存在したということに対する驚き、しかしながらそれが最終的に実現しなかったことの無念さ。「見果てぬ夢」となったこの構想がもし実現していれば・・・。
 読者は著者とともに茫然と立ちつくす思いを抱くことになろう。

 チベット、モンゴル、回民(=回族、中国のムスリム)、ウイグル。いずれも大陸国家中国の辺境、あるいは内部にありながら、漢民族の中国ではない、さまざまな”少数民族”である。
 これらの諸民族がすべてつながったとき何が実現するのか。この大構想こそが「防共回廊」、すなわち帝国陸軍が構想した、新興ソ連の南下を防ぎ、共産主義に対抗するための大構想であった。そしてこの回廊はアフガニスタンにおいて完結し、アフガンでドイツの勢力圏とリンクするという大構想。これを知るとき、読者は唸らざるをえないだろう。
 戦後米国による冷戦構造が構築される以前、地政学の観点から、帝国陸軍主導で行われた構想である。日本の敗戦後、この構想にかかわった関係者を尋問し、米国が徹底研究したことは記憶されるべきことである。
 そしてなぜEUも米国もアフガンに派兵しているかについても、その意味を理解することができる。いち早くアフガンの地政学的重要性を指摘していたのは大川周明であった。

 本書の功績の一つは、林銑十郎に光をあてたことだろう。日本史の教科書ではボンクラ扱いされているこの人物が、実はドイツ駐在武官時代にいち早くイスラームの重要性について認識を深め、長文のレポートを作成していること、退役後は大日本回教協会の初代会長になっているのである。
 戦前の日本が、大陸政策をつうじて、いかにイスラーム世界とのかかわりを深めていたのか、すっかり忘却の彼方に追いやっていたのである。著者はこの林銑十郎につらなる人脈を掘り起こし、戦前のイスラーム政策の全体像を明らかにしようと試みている。これら戦前の事実が掘り起こされた意義はまことにもって大きい。
 ようやく日本でも、チベット問題やウイグル問題が大きく報道されるようになったが、かつて日本人たちが、たとえ国策の一環であろうと、少数民族の独立運動に深くコミットしていたこと。大川周明の大川塾から多くの志士たちが、大陸の奥深くへと工作の任務を担って潜入していたことは、記憶しておきたいことである。満洲国と同様の緩衝国家構想がウイグルにあった・・・

  ユーラシア大陸でひたすら膨張政策を続け、さらには海洋へと進出を図る中国の存在を考えるとき、この構想が実現していれば、大陸情勢が現在とは大きく異な るものであったに違いないと無念に思うのである。もしあと10年早くこの構想が国策として実行に移されていれば・・・。
 結果として、米国を中心とした連合軍との戦争に敗れ、大陸から尻尾を巻くように撤退した日本の責任は、きわめて大きいといわざるをえない。この大構想は、大東亜戦争が本格化する数年前から本腰をいれたに過ぎなかったのである。

 敗戦とともに記憶を封印し、知らぬふりをしてきた戦後日本。近代(モダン)が終焉し、パラダイムチェンジを迎えつつある現在、虚心坦懐に過去を見つめ直し、歴史の連続性を回復する試みが多く行われるようになってきたことはうれしいことだ。戦後の呪縛を解き放ち、世界史における日本史の意義を確認するためにも、大きな一歩となることだろう。
 この構想の全体像をあきらかにし、さまざまな一次史料を読み込むことによって掘り起こした関岡氏には感謝の意を表明したい。まさの渾身の一冊である。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%9B%9B%E5%A4%A7%E6%96%87%E6%98%8E

Wikiにもありますね。
「人類の文明史の歴史観のひとつ」
「歴史上、4つの大文明が最初に起こり、以降の文明はこの流れをくむとする仮説。」

しかも
「この考え方はアジアでは広まったものの、欧米では受け入れられなかった」
「四大文明という概念自体が知識に乏しかった過去のものといえる。」

そうなんです。

中国と書きましたが、正確には清の時代の話です。

今の韓国の人が、「わが国は世界13大強国の1国だ」とか訳の判らない事言うでしょ?あれと似たような物です。

勿論、エジプト、中東、インド、支那に文明が無かったとは言いません。でも他にも文明があった訳です。アステカにしてもインカにしてもね。そして、この4つがとりわけ偉大だったとかそういう訳でも無い。

(snip)

そんな感じで、多くの中国人が日本に居ました。だから亡命して来るには都合が良かった。その亡命してきた人の中に政(まつりごと)を行う梁啓超(りょうけいちょう)って人が居ました。

で、この人が、西洋列強に食いつぶされている祖国を憂いて、日本に居る清の人々を束ねる為にこう言う事を言い出した訳です。

「私達の祖国には、欧米の国々に匹敵する誇るべき歴史がある」

基本的に、この頃は、「欧米の列強に敵うわけない」ってのが常識でした。実際日本だって、散々不平等条約を結ばされて、植民地にはなってませんでしたが、散々甘い汁を吸われてた訳です。

実際「半神」とまで言われていたわけ。で、日本とかは「こなくそ!」って思って踏ん張ってた。それを見て梁啓超も「そうだ!」って思って、日本にいる清の人達を束る為に立ち上がった訳です。

で、悲しいかな、「連中と同じなんだぞ」って話になる訳です。
結局歴史を語る上で、あちらの人が大好きな「起源」の話になる。この辺もどこかでよく知ってる話でしょ?寿司の起源がどーとか、マンガの起源がどーとか…、それと一緒です。

で、その人が書いた本。「二十世紀太平洋歌」って本に書いた、
「地球上の古文明の祖国に四つがあり、中国・インド・エジプト・小アジアである」

ってのが、その後の「世界4大文明説」です。
その後色々と改変が取り入れられて出来たわけです。

なーんか、バカバカしく思えて来ませんか?

いえいえ、列強に対して「こんちくしょう!」って思って、立ち上がったのは凄い事だと思いますし、尊敬してますよ。

そうじゃなくて、こう言う事で出て来た「世界4大文明」を、さも世界の常識…というか「知識」として一生懸命勉強してきた私達の話です。

正直言ってしまえば、どこぞの国で嘘の歴史を教えてる事と同じじゃ無いですか。

なんでこんな事を、一生懸命先生はさも「真の知識」と言わんばかりに教えているのでしょうか?

実際、今教えてる先生に文句を言っても仕方ありません。かれらも子供の頃にそう教え込まれたからです。

ようするに、誰かが嘘を教えて、それがいつの間にか常識なっちゃった。嘘が嘘とわからなくなっちゃった。あまりにも「常識」すぎて、だれも疑問を持たなくなっちゃった。

そういう事です。

(snip)

でも、黙殺されちゃうんだな。何の事無く日本人に。
だって、文明の源泉はあくまで「4大文明」なんだもん。
そういう事にしたいんだもん。

そして、全ての文化は中国から日本に導入された。って事にしたい訳ですよ。

だれが?

それが「世界4大文明」を教科書に載せて、戦後生まれの子供達に教えた先生、もしくはその先生を教えた先生です。

大体どういう話か理解できました?

786 名前:擬古武装親衛隊中尉 ◆WSS4/2DkyM [sage ウサギ病Lv18 正七位上 左兵衛少尉] 投稿日:2010/10/10(日) 00:27:10 ID:pkLrk92i [4/9]
»776
まぁ、そもそも夜戦は日本陸軍の十八番だがな

794 名前:(´・ω・`)(`ハ´  )さん[] 投稿日:2010/10/10(日) 00:28:54 ID:CbGmaZgz [3/15]
»786
海軍は違いましたっけ?

802 名前:擬古武装親衛隊中尉 ◆WSS4/2DkyM [sage ウサギ病Lv18 正七位上 左兵衛少尉] 投稿日:2010/10/10(日) 00:30:43 ID:pkLrk92i [6/9]
»794
海軍も夜戦がお家芸だったよ
夜間飽和雷撃なんてものも考えてたしな


790 名前:首輪付き ◆Lynx/nWdF2 [sage うさぎ病Lv.7 負け犬組若頭(本家直参待遇)] 投稿日:2010/10/10(日) 00:28:07 ID:kPD1GOif [5/18]
»786
あそこまで徹底した夜戦がやれる国って存在するのかなぁw

795 名前:擬古武装親衛隊中尉 ◆WSS4/2DkyM [sage ウサギ病Lv18 正七位上 左兵衛少尉] 投稿日:2010/10/10(日) 00:29:14 ID:pkLrk92i [5/9]
»790
師団規模の夜間強襲を得意としたのは日本陸軍のみだったと記憶

797 名前:(´・ω・`)(`ハ´  )さん[sage] 投稿日:2010/10/10(日) 00:29:29 ID:bq4amNdH [10/15]
»790
今なら機械の力を使ってできるんじゃない?
暗視装置も通信設備も当時とは桁違いに発達してるわけで、
兵士は昼間と同じように作戦行動できるし。

805 名前:首輪付き ◆Lynx/nWdF2 [sage うさぎ病Lv.7 負け犬組若頭(本家直参待遇)] 投稿日:2010/10/10(日) 00:30:58 ID:kPD1GOif [7/18]
»797
戦場で全く声を出さずに師団単位で動けるのは日本だけだと思うんだw

824 名前:(´・ω・`)(`ハ´  )さん[] 投稿日:2010/10/10(日) 00:34:40 ID:SSyxDr5/
»805
それは日露戦争までの話。

朝鮮人系が日本に増えてから、日本軍は弱体化した。

855 名前:抜刀隊 ◆6DDGcD1ppg [sage] 投稿日:2010/10/10(日) 00:41:54 ID:W0meNjSI [1/3] ?2BP(1123)
WW1の徹底した研究もないか? >夜間に強い

873 名前:擬古武装親衛隊中尉 ◆WSS4/2DkyM [sage ウサギ病Lv18 正七位上 左兵衛少尉] 投稿日:2010/10/10(日) 00:45:05 ID:pkLrk92i [8/9]
»855
夜戦が強いのは日露の頃からの伝統だからなぁ
(師団規模での夜戦を世界で初めて実践したのは黒木為楨に率いられた第二師団と言われる)

まず基本的な事情として、日本は戦前から食糧輸入国でした。
現在ではほぼ自給できている主食の米すら、輸入しなければならないほどだったのです。
そして、日本は戦前からしばしば食糧難になっていました。 とくに昭和初期には「昭和大飢饉」と言われるほどの、実際に餓死者が出るほどの食糧難に襲われています。
ちょっとでも不作になると、飢饉が起こるほど、戦前の日本の食糧事情は厳しかったのです。
現在なら、膨大な工業輸出で稼いだ外貨で海外から欲しいだけの食料を買って来られますが、当時の日本の貧弱な工業力では、そういうこともできません。

根本的な原因は、農村の人口が増えすぎたせいです。
江戸時代には3000万人程度で安定していた日本の人口は、明治維新の直後から増え続け、100年も経っていない昭和初期には1億人近くにまでなっています。 短期間で人口が3倍になったわけですから、常識的に考えて、食糧が不足しそうなことはお判りいただけると思います。
この間、西洋の農業技術の導入などで農業生産も増えていますが、それでも人口増加には追い付かなかったのです。
日本が海外植民地の獲得や、アメリカや南米などへの海外移民に積極的だったのは、この増えすぎた人口を何とかする必要があったためです。
それくらい、戦前の日本は人口過剰で、食糧生産が足りない国だったのです。

(略)

他の方も書いているように、食糧難が一番厳しかったのはむしろ終戦直後なのですけど、食糧難になった原因は単純に食料需要に比べて生産量が全く足りなかったからです。
田舎は生産現場なので確かに食料はあったでしょうけど、それがちゃんと流通すれば足りるという問題ではありませんでした。

最も大きな要因は輸入ができなかった事です。
日本人の主食は言うまでも無くコメですが、日本は明治20年代から国内生産では足りなくなりコメの輸入国になりました。
最も輸入量が多かったのが昭和10年ごろで、大体需要量の2割が輸入でした。この頃の日本は世界最大のコメ輸入国です。
どこから輸入していたのかというと主に台湾と朝鮮です。
つまり当時は国内扱いですから厳密には輸入ではなく移入なのですが、日本本土の食糧自給は戦争の40年前から既に出来ていないということは知っておくべきでしょう。
そして、国内の食糧生産量は1930年代初めがピークで後は徐々に減少してゆきます。
この原因は日中戦争開始に伴う動員による食糧生産従事人口の減少、生産資本の減少、また、天候要因もありました。
それでも朝鮮と台湾での爆発的なコメの生産量の増加(1910-1941でほぼ倍増)がそれをなんとか補っていたというのが太平洋戦争開始頃までの状況です。
つまり食料という意味では、台湾・朝鮮は日本の生命線だったのです。
それが、太平洋戦争が進むに連れ、移入がままならなくなってゆきます。一方で国内生産の減少が一気に進みます。
移入と生産が同時に減少した事により、1943-1944-1945という戦争後半の日本本土の食料供給量の減少は大変急激なものでした。
日本本土の食糧事情の急速な悪化はこの食料の絶対量の減少に流通網の破壊が重なることにより引き起こされました。

当たり前の事ですが、コメは春に蒔き、秋に収穫してはじめて食べる事が出来ます。
という事は、1945.8に終戦を迎えても、1946の春に田植えをし、秋に収穫し、それが流通するまでは戦争の影響は続きます。
その間、外地からの引き上げで国内人口は一気に増えています。
この需要の急増と生産回復のタイムラグにより食糧難のピークは1946-1947となります。
国内で大量の餓死者が出るに及び、1948から占領軍の食料供給が本格的に始まり、食糧難は一息つくことになります。

飼い主「誰か、新聞取ってきて〜!」

ゴールデンレトリバー「はーい!天気も良いし気分も良いし、新聞運びにはもってこいの日だね!」
ジャーマンシェパード「私におまかせください。で、どこを通ればいいのでしょうか?」
ラブラドールレトリバー「ハイったらハイ!僕!僕!僕にやらせて!いい?いい?ほんと?ウハウハ!もう最高!!」
バセットハウンド「まだ昨日の新聞を取りに行く途中なんだよ」
ダックスフント「と、届かない…」
セッター「待ってて、今、新聞を新聞受けから追い出すからね」
バーニーズ「もっと重いものないの?」
柴「すでに配達員ごと確保してございます」
シベリアンハスキー「ついでに旅に出てもいいですか」
グレイハウンド「逃げない奴にゃ興味無いね」
ニューファンドランド「泳がない奴にゃ興味無いね」
マルチーズ「後で抱っこしてくれるなら取ってくるよ」
シーズ−「ていうか抱っこして新聞受けまで運んでよ」
シェットランドシープドッグ「OKOKOKOKOKOKOKOK!」
ビーグル「新聞?新聞って何?それって食べられる?ごほうびは?
      他のやつらじゃダメでしょ?やっぱ狩猟犬だよね!え?え? 誰がうるさいって?」
バセンジー「…」
サモエド「…」(ニコニコ)
セントバーナード「あ、食べちゃった…」
ヨークシャテリア「重たいけど頑張ります」
チワワ「重たいから無理です」
ボルゾイ「余はそのようなくだらぬ用にかかわりを持たぬのだが」
マスティフ「俺に指図するたぁ、いい度胸じゃねえか、気に入った」
グレートデン「皆の衆、新聞を取りに行くのじゃ」
パピヨン「あら、コートが汚れるじゃないの。ボーダーコリーさん、代わりに行ってくださらない?」
ボーダーコリー「近所の新聞も集めといたよ!」

猫「断る」

【日米】日本の夏祭り「食べ物は不健康だが、素晴らしい日本の伝統行事」[8/23]
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/news5plus/1282809233/

46 名前:七つの海の名無しさん[sage] 投稿日:2010/08/27(金) 01:30:34 ID:VALbvrAn
明治15年、東京帝国大学教授アメリカ人モースの記録
(『日本その日その日』(平凡社・東洋文庫)

モースの家に住む料理番の娘とその友達、九歳か十歳ぐらいが遊んでいた。
モースは二人を呼んで、土瓶と茶わんを渡してみた。
好奇心から、これをどう使うか、観察してみるつもりだったのだ。

二人は相対して座り、一人がお茶をつぐまねをして茶わんを差し出した。
するともう一人は丁重な言葉でお礼を言い、うやうやしくこの茶わんを受け取った。

何気ないままごとの光景に、モースは目を奪われた。
(まるで貴婦人のようだ)と思ったのである。

貴婦人の礼儀作法を下層階級の子供までもが身に付けていることに、
素朴に驚き、モースはこう書いている。

「彼らは貴婦人ごっこをしていたのではなく、
かく丁寧にするよう育てられて来たまでの話である。
彼等はせいぜい九つか十で、衣服は貧しく
屋敷の召使いの子供なのにである」

今度は屋敷の召使いの子ども二人を連れて、秋祭りに行った。
小さな女の子二人に十銭ずつ持たせていた。
(どんな風に使うだろうか)と、興味があった。

かんざしを売る店に一軒一軒立ち寄って、女の子はあれもこれも手に取った。
飽きずに一品一品、念入りに調べた揚げく、
たった五厘の品を一、二本買っただけだった。

店を出ると、もの悲しい三味線を弾く女がいた。
路上に座り込んだ乞食であった。
二人はその前を通りかかると、それぞれ一銭ずつ取り出して、
当たり前のことのように、女のざるの中に硬貨を落とした。

47 名前:七つの海の名無しさん[sage] 投稿日:2010/08/27(金) 05:08:15 ID:MOygFju6 [1/2]
»46
もうこんな日本人はいません。

54 名前:七つの海の名無しさん[] 投稿日:2010/08/27(金) 08:46:21 ID:ZQ3EuGxP
»47
悲しいな。日本人は死んだ。

コピペ1

六カ国協議で日本がトイレに席を立ったあとの会話。

中国  「日本を本気で怒らせてみたいが、難しい。潜水艦で領海に入っても怒らない」

韓国  「独島を占拠しても怒らない」

ロシア 「北方領土を返さなくても怒らない」

北朝鮮 「なら、おれが核ミサイルをぶち込んでみようか」

米国  「よせ、それはもうおれがやってみた」

5カ国  「一体どうすれば‥」

中韓  「俺らは日本人を怒らせようと犯罪者を大量に輸出してみたんだが、俺らの国の国民にビザ免除に動いてくれてるし‥」

北露  「ふーむ‥」

米国  「あ、でも、牛肉に脊柱を入れたら、日本国民が激怒したな‥」

その他…

319 :Trader@Live!:2010/05/22(土) 16:07:14 ID:wDmWa74I
戦前の日本は北朝鮮並みの貧しい国だったけど、戦後の復興から見事経済大国として生まれ変わった。
同じように、北も焼け野原になったら生まれ変わるのかな?
321 :Trader@Live!:2010/05/22(土) 16:14:38 ID:Fr7h/pl1
戦前って…
国際連盟では一応日本は常任理事国じゃなかったか?
327 :Trader@Live!:2010/05/22(土) 16:25:34 ID:vVZD5OrG
»319 
日本が戦前のGDPに回復したのは1960年なんですけど?
328 :Trader@Live!:2010/05/22(土) 16:25:52 ID:wDmWa74I
»321 
芋の根っこしか食えない貧しい国だったったと、歴史の授業で習ったんだが。。
333 :Trader@Live!:2010/05/22(土) 16:33:05 ID:ouUm1MM3
»328 
それ、日教組関係の左翼が流したデマだぞ。
戦前の日本経済って、大学でも歴史専攻しないと知りえない位教えられないけど
少なくとも、お隣の大国2つ相手にドンパチしながら、南洋~環太平洋諸国の面倒が見られる程には
チート国家だった。

実際、当時の国連では米英が筆頭に、日本に太平洋の管理を任せようとしていた位。
その頃、米国は日本に国内産業食い荒らされて、ボロッボロだった。
今も結構ボロッボロだけど。
338 :Trader@Live!:2010/05/22(土) 16:40:57 ID:+1CeRMQ3
江戸時代の農民が
体制に利用され虐げられる
というイメージが根付いたのは
時代劇とか白土三平の漫画の悪影響w
339 :Trader@Live!:2010/05/22(土) 16:41:23 ID:jJ71NqKE
»327 
シナ事変が始まってもGDPは上がり続けてました。
低下し始めたのは国家総動員法が施行されてからだったりします・・・・・・。
340 :Trader@Live!:2010/05/22(土) 16:41:36 ID:L3/OJngH
庶民文化華やかな江戸の時代から近代の明治大正時代にスライドした結果
いきなり芋の根っこしか食えないような貧乏国家になるとは思えないw
そのくらいの矛盾は小学生でも気づくw
341 :Trader@Live!:2010/05/22(土) 16:42:08 ID:dBl/pOob
>333 
これを見ると各国のGDPの推移がわかる。
我が国がチート扱いされる理由も見えてくる・・・

http://www.nicovideo.jp/watch/sm3049721
342 :Trader@Live!:2010/05/22(土) 16:44:27 ID:+1CeRMQ3
»330 
戦争末期から敗戦直後に
食料が不足してたのは
流通経路インフラが破壊されただけで
農村には食料はあったとか
だから買い出しとか闇市とかが出来た
344 :Trader@Live!:2010/05/22(土) 16:44:43 ID:vVZD5OrG
江戸時代の農民はコメを搾取され粟や稗しか食えなかったと
偉いサヨク学者がなぜか自慢げに主張したら。

留学生が「日本はどこにコメを輸出していたのですか?」と質問した、
偉い先生はその質問の意味が理解できなかったらしい。

そこで学生が言うには、全人口の8割の農民が生産したコメを残りの2割で
消費し尽くす事はできないので、輸出していたに違いないと解釈したらしいw
347 :Trader@Live!:2010/05/22(土) 16:47:38 ID:FDNkKL7b
戦前って
鈴木商店とか、三井、三菱財閥が世界をまたに駆けて商売をしていて、
もちろん大儲けしていて、
欧米諸国を歯軋りさせていたんでしょ。
木の根っこしか食えないような、そんなに貧乏ではなかったはず。
355 :Trader@Live!:2010/05/22(土) 16:55:23 ID:JE9Zh1Gv
<年平均経済成長率1929~1939年>

1位 ソビエト連邦 6.1%
2位 日本 4.8%
3位 ドイツ 3.2%
4位 イタリア 2.1%
5位 イギリス 1.8%
6位 フランス 0.3%
7位 アメリカ 0.2%
 Monitoring The World Economy 1820 - 1992 OECD(経済協力開発機構)

ドイツに巻き込まれさえしなきゃ、むしろWWIIの特需で1940年代後半には
モータリゼーションが起きて、1950年には実史の1970年のGDPには到達してるだろ。

高度経済成長は敗戦のおかげってのは、WGIPの洗脳の成果。
358 :Trader@Live!:2010/05/22(土) 16:57:29 ID:jJ71NqKE
»342 
江戸時代から国内流通が主に船舶で行われてましたからね。
ちなみに戦争末期でも(あくまでも国内限定ですが)餓死者があまり出なかったのは、
列島の列車の路線を狙えて陸上の流通を途絶させられる双発爆撃機が安全には往復出来ないほどには
アメリカ陸軍の飛行場(硫黄島・沖縄)が遠かったからだったりします。
366 :Trader@Live!:2010/05/22(土) 17:09:06 ID:P50vbAIx
»332 
>日本は、江戸の時代から世界有数の大国だぞw

だいたい10世紀ぐらいには、他文明が没落して、5本の指になりました。
戦国時代末期:人口は中西欧全体の半分、常備軍は2倍、鉄砲は数倍。
ここら辺から超大国。
秀吉・家康がびびらなければ、大航海時代以降の世界は完全に変わっていた。
368 :Trader@Live!:2010/05/22(土) 17:11:08 ID:ouUm1MM3
»341 
実は、台湾と朝鮮とパラオ(日本統治時代)のアガリは日本の国益には
殆ど計上されてなかったりする。
(台湾に至っては、日本に投資分の返済終えてて、ほぼ経済が独立していた)
(この頃の朝鮮は、薬品と工業製品の一台生産地として、稼いでいたが日本に返済中(未完)だった)
(パラオは農水業・衣料品産業・観光事業の開拓中で、まだ投資も過渡期だった)
特に、大きいのが当時の台湾の経済力が、短期間で世界規模の経済を確立できていたこと。
そして日本が、これらの国で生産された物資をちゃんと購入していた事だね。
更に日本は、これらの物資を元手に、色々な製品を作り出して
米英に売りつけまくってた・・、結果アメリカの国内産業はWW2までにボロボロになったのだった。
それでもアメリカの物量はチート掛かってたけど。

それ考えると、当時の日本が、いかに世界の流れから逸脱した国だったのかが良くわかる。
402 :Trader@Live!:2010/05/22(土) 18:06:55 ID:ouUm1MM3
»378 
台湾に関しては、ほぼ全ての面で恵まれていたのが、大きかったみたいです。
日本統治初期の台湾での、原住民達との戦闘や説得、インフラ整備では
苦労をしたみたいですが、教育や産業基盤が出来上がると
工業製品を除いて、日本で生産していた物が、台湾でも生産可能になってるようです。
金融面でも、短期間の間に世界経済で大きく突出していましたね。

パラオに関しては、まだ手探りだった部分が、多くあったために
産業が大きく根付くことは、無かったみたいです。
WW2が、もう5~10年程遅かったら、今と全然違った国になっていたでしょうね。

方や、お隣の半島は、投資した分には、急速に発展はしました。
発展は・・・。


因みにWW2後の各国

パラオ:侵略してきた米軍に、日本統治時代のインフラや教育・産業を破壊されるが
耐えに耐えぬいた末に、自分達で再建しなおして、めでたく独立し現在に至る。

台湾:米軍及び国民党軍がやってきて、勝手に蒋介石率いる国民党軍が
台湾の支配者を名乗りだす。
国民党軍が、過去の私怨や米からの日本統治時代の遺産(既に台湾総督府所有物)を破壊しようと
活動を始めるも、怒った台湾住民(元々戦闘民族)達にフルボッコにされ米に泣きつく。
当時のインフラは、耐用年数の超えた港湾部(後に建て直し)や、産業建築物を除けば、ほぼ全部守り通した。

お隣:現在に至る。

お隣の北側:こちらは水利関係の土木遺産と、一部産業インフラが現在も残ってるらしいけど
詳細が不明。(もしかしたら、当時の対ソ用の軍事インフラ等は流用して、多く残ってる可能性はある)
519 :Trader@Live!:2010/05/22(土) 22:44:33 ID:+1CeRMQ3
»517 
そっかー、サンクス
そういえば日清・日露戦争で
ユダヤ資本に借金して
それまでの常識からしたら
「絶対返せない」はずが
完全返済したことが
西洋人にはびっくり、だったとか
530 :Trader@Live!:2010/05/22(土) 23:04:46 ID:vQXOPfXE
»519 
金が無かったんじゃなくて
金(外貨)はあったけど、石油やその他物資が買えなかったからねえ。
だから特許料も英国等に外貨で支払っていたからね。

でも戦争しながら特許利用料を外国に支払っていたのも
当時は日本が世界初だったはず。(←俺の記憶ではw)

だから日本が誇るべきは誠実な事と和の心だよ。
538 :Trader@Live!:2010/05/22(土) 23:12:04 ID:kAM8MhFZ
»530 
零戦のプロペラ=アメリカのメーカー
ちゃんとお金払ってたとさw
ソース@ですかばりちゃんねる・アメリカの番組

205 :afvfan ◆pCTl9IeWysPC :2010/04/25(日) 08:13:17 ID:eW9DS5Ev
前スレ»995
> こんなエスニックジョークもあるな。
>
> 革新的な新技術で開発・製造のコスト対効果が倍になりました!
>
> ・そこを何とか半分のコストで倍の性能にできないかと試行錯誤を始める日本人

・90式
 威力を変えられる試験用の弾薬で12MJ相当の威力に強化して試験
 数発撃ち込んでみる -> どうやっても穴が空きそうにない
-> このままでは試験にならない(貫通しないと最大性能が確認できない)ので焦る.
-> 砲をがっちりと固定.ほぼ同一箇所に命中するようにして撃つ
-> 試験弾が尽きてしまう寸前にようやく装甲の裏面に小さなピンホール確認

・新戦車
 同一防護力で4割の重量削減を達成する新装甲材料・構造を開発